寒すぎて体が動きません。


by hirajun-51
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橋本真也のベストバウト!そして最後に・・・

 前回は橋本選手のプロレスラー生活の中で重要な意味を持った試合の事を書きましたが、実際はそれらの全てが必ずしもベストバウトだったとは正直言えません。

橋本選手は意外かも知れませんが試合を作るのが本当に上手い選手でした。それは対戦相手の技を受ける事により、相手の良さを最大限に引き出すという事であります。特に橋本選手は対戦相手が色物であればあるほど相手の良さを引き出して戦う事が出来る選手でした。

そして、私が思う橋本選手の生涯ベストバウトは下記の対決です。


橋本真也対栗栖正伸

1990年の8月1日~7日にかけて新日本プロレスは後楽園ホール7連戦を決行しました。これは当時のプロレス界ではとても画期的な事でありました。このシリーズの目玉は橋本のシングル6連戦で、その中でも栗栖正伸との一戦はマニア層から注目を浴びまくったカードでした。

フリーとして新日本プロレスのリングに上がっていた栗栖正伸は元々新日本プロレスでデビューした選手でした。その後はジャパンプロレス、全日本プロレスで活躍し、1度は引退しますが、旗揚げ当初のFMWで復帰し、「イス大王」の異名をとり、反則自由のストリートファイトマッチなどのデスマッチで大仁田やFMWの若手レスラー達をボコボコにして、ヒールレスラーとしての地位を確立しました。そして1990年6月にフリーとなって新日本プロレスに復帰したのですが、栗栖の過去を知らないファンにとってはかなりの色物レスラーに見えたと思います。

この橋本対栗栖の試合はテレビ放送がなかったので、私は週刊ゴングに当時載っていた記事でしか見ていないのですが、誌上で見ただけでも壮絶な試合だったという事がよくわかりました。栗栖の技は基本的にイス攻撃か蹴る殴るだけでしたが、この日の栗栖はいつもにも増して激しくイスを橋本の身体に叩き込んでいきました。しかし橋本はその攻撃を受けきって、逆襲とばかりにキックの連打で栗栖を人間サンドバック状態にして、(この頃の橋本のキックは速くて重い危険な蹴りでした)最後はDDTでフィニッシュし橋本が勝利を収めました。

なぜこれがベストバウトなのかと思う人は多いかもしれませんが、この橋本戦より前の栗栖の試合は反則裁定が多く、試合になりませんでした。それは対戦相手が栗栖の能力を引き出す事が出来なかったからです。しかし橋本はたとえ栗栖の技が反則であろうと、それを完全に受ける事により、栗栖の能力を最大限に引き出し、さらに自分自身の能力も最大限に出した結果、観客の心を掴むことが出来、この試合がベストバウトと呼ばれるようになったのでした。

この試合で橋本は栗栖の徹底したイス攻撃を膝にくらい、それが原因で橋本はそれから先ずっと膝痛と戦う事になってしまいます。一方栗栖はその徹底したイス攻撃が観客に認められ、大声援を浴び、観客の温かさに感動してヒールであるにも関わらず試合後に泣いてしまうというアクシデント?がありました。さらに凄いのは試合が終わって、橋本が控え室に帰った時に控え室前の廊下に一人の子供が凄い顔つきで(半泣き)橋本の事を睨んでいました。その子供とは他ならぬ栗栖のお子さんだったのです。この場面は栗栖家の絆をリアルに見る事が出来ました。ハッスルやWWEなどのように最近は舞台裏のシーンが重要視される団体が多いですが、それらは台本があるわけで、この栗栖のお子さんの行動は本人の意思で動いた本物のドラマなのであります。最近のプロレスはこのような舞台裏のガチンコのドラマがなくなってきたからつまらないんだと私は思います。(ちなみに橋本はこの試合が行なわれる前は、栗栖のお子さんが会場に来ている時はよく遊び相手になっていたらしいです)

先程も言ったようにこの試合はテレビ放映がありませんでした。最近では裏ルートでネット上に流れたりしていたのですが、7月27日発売の週刊ゴングになんとこのDVDが付録としてついてくるらしいです。元々この企画は橋本選手が生前の時から企画されていたものですが、運命のイタズラか、このDVD付録の予告記事と一緒に橋本選手の死去がゴング誌上に載る形になってしまったのは本当に複雑な気分です。


あとがき

私は特別橋本真也選手のファンではなかったのですが、そんな私でもこんなに橋本選手の思い出を色々と語る事が出来るのは、それだけ彼がプロレス界でたくさんのドラマを作ってきたからだと思います。少しでもプロレスファンが増えるようにと、バラエティー番組や映画にも出演するなど、とにかくプロレス界の事を他のどのレスラーよりも考えて行動していたのが橋本選手だったと思いますし、だからこそ現在落ち目といわれるプロレス界が巻き返しをはかる為には絶対に欠かすことが出来ない選手だったのです。

ロスから帰国したアントン総裁は荼毘に伏された橋本選手の骨壷に向かって「元気ですか~!」と発したらしいです。私はその発言を聞いた時「またアントンのパフォーマンスかよ・・・」と思いましたが、冷静に橋本選手の性格と考えると、彼に暗い事は似合わないと思いますし、破壊王の異名のまま元気に新たなる旅に出てもらいので、そう考えるとアントン総裁の発した言葉はあながち間違ってはいなかったのかなと考え直しました。

巨星墜つ。橋本選手長い間の選手生活お疲れ様でした。安らかにお眠り下さい。
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by hirajun-51 | 2005-07-18 15:21 | スポーツ